【家族愛】たった一人でも自分を愛してくれる人がいれば人は絶望せずに生きていられる。

僕は馬鹿にされやすい子供だった。吃音症があったからだ。

しゃべるとほぼ確実にどもった。

どもるたびにクラスメートに笑われた。笑われるたびに心が傷ついた。

でも泣くことができなかった。男が泣くのはカッコ悪いことだと思ったからだ。

だから泣かなかった。泣かずに笑っていた。心の中は悲しみと怒りに満ちているのに笑っていた。僕には悲しみを表に出す勇気も怒りを表に出す勇気もなかったからだ。

だから笑い続けた。心から血を流しながら、悲しみの涙を我慢しながら、怒りや憎しみを態度に出さないようにしながら笑い続けていた。

そんな自分が嫌だった。嫌で嫌でたまらなかった。自分で自分を傷つけたくなるほど嫌でたまらなかった。どもりを馬鹿にされたくらいで傷つく自分が、悲しい気持ちになる自分が、馬鹿にする人たちに怒りを抱いたり憎んだりする自分が、本当に嫌だった。

僕が馬鹿にされないようになるためどもりを治そうとした。家で密かに話す練習をした。本を音読したり、早口言葉を言ったりした。

そのおかげで多少、どもりが改善した。でも、多少だ。緊張や興奮などすればやはり以前と同じようにどもった。そして笑われた。

どんなにどもりを克服するために練習しても笑われた。そのたびに僕は絶望感を強くしていった。

僕は一生、笑われる運命なのだろうかと本気で考えるようになっていった。

もう、生きていたくないと考えることも多くなっていった。

それでも生きた。母親が一生懸命生きていたから。ダメな父親、ダメな長男がいる中で母親は賢明に生きていた。一生懸命働き、僕のことを養ってくれていた。

だから僕は死ぬわけにはいかなかった。どもりで馬鹿にされたくらいで死ぬわけにはいかなかった。

でも、どもりで馬鹿にされるのはきつかった。

喘息持ちで体が弱かった僕は馬鹿にする奴らを腕力で黙らせる力はなかった。それに僕は暴力というものが好きにはなれなかった。自分の父や兄が暴力的だったから僕は暴力を嫌っていたのだと思う。同時に暴力に対し恐怖感があったのだと思う。

結局、僕は臆病なだけだったのだと思う。

だから僕はどもるたびに馬鹿にされることに耐えるしか方法がなかった。

耐えるだけの人生は本当い辛かった。毎日、しゃべれば馬鹿にされる。そんな人生を繰り返していると自分は生きている価値がないのではないかと思えてくる。

希死念慮に僕は取り付かれていた。夕暮れ時、朝目覚めた時などにその願望は強くなった。ナイフを見たり、高いところにいたりするとその願望は強くなった。

僕はそんな負の願望とも僕は戦わなければならなくなっていた。

なんで僕がこんな辛い人生を送らなければならないのかと思った。どもりというだけでなんでこんなにも馬鹿にされなくてはいけないのだと思った。馬鹿する奴なんてみんないなくなってしまえばいいのにと思った。どうして僕なんて産んだんだと母親に聞きたくなることもあった。

そんなネガティブな自分が嫌で嫌でたまらなかった。そんな弱い自分が嫌で嫌でたまらなかった。なにもかもが嫌で嫌でたまらなかった。

でも、僕は生きた。生き続けた。

母が養ってくれている。それだけの理由で生きたわけではない。死んで母親を悲しませる真似したくない。そんな思いもあったから生きつづけたのだ。

僕が死ねば母を傷つけてしまう。それでは父親や兄と同じだと思った。ギャンブル狂いで母を苦しめる父親や引きこもりで母を苦しめる兄と同じだと思った。

僕は母を傷つける側の人間にはなりたくなかった。

母は僕に優しかった。どもりの僕を唯一馬鹿にしない人だった。僕を肯定してくれる、愛してくれる唯一の人だった。僕のために頑張ってくれる人だった。ろくでもない父親と兄がいても僕に優しくしてくれる人だった。

そんな優しい母を、どもりの僕を愛してくれる母を傷つける側の人間になどなりたくなかった。

だから僕は生きた。優しい母を傷つけないために生き続けた。

もし、母がいなかったら僕はこの世にいなかったと思う。母が優しい人でなかったら僕はこの世にいなかったと思う。

今は母に感謝している。僕の生きる力になってくれた母に心から感謝している。今の僕の幸せがあるのはみんな母のおかげだから。だから感謝している。

ありがとう、お母さん。こんな僕にずっと優しくしてくれて本当にありがとう。

僕は思う。この世の中に1人でも自分を心から愛してくれる人がいれば人は生きることができるに違いない、と。

誰も自分のことを愛している人などいない、わかってくれる人がいない、と思った人が絶望して生き続けることができなくなるんだ、と。

そう思っている。

いじめられている子供を持つ親御さんたち。どうかずっと子供の味方でいてやってください。

そうすれば子供は最悪の選択をしないと思います。

だからいじめられていても子供の味方でいてやってください。いじめられている子供を愛し続けてやってください。優しく接してあげてください。

いじめられる側が悪いのではなく、いじめる側が悪いんだと言ってあげてください。

あなた(子供)は何も悪くはないと言ってあげてください。言い続けてあげてください。子供の味方で居続けてあげてください。

きっと子供は未来に絶望しないですむと思います。

子供さんも死んだりしないでください。そんなことをすればきっと親御さんを傷つけることになります。

それでは誰かを傷つける側の人間になってしまいます。いじめる側と同じような誰かを傷つける側の人間にはならないでください。親御さんを傷つけるような人間にならないでください。

優しい親御さんがいるあなたならきっと将来幸せになれます。だから最悪の道を選ばないでください。

辛い経験をしたあなたなら誰よりも優しくなれる可能性があるんです。誰よりも幸せを感じられる可能性があるんです。その可能性をつぶすようなことはしないでください。

劣等感,

Posted by ringo