【恋話】「私は一生、恋愛できないのだろうか?」変な体質を持った女の子の悩み…そして恋愛。告白!

屋上へと続く階段。一段上がるごとに心臓の鼓動は速くなる。扉の前に来た。腕時計を見る。約束の時間まであと5分。5分前行動をいう言葉が頭に浮かぶ。真面目な生徒なら必ず守るルール。真面目さをアピールするならこのルールは守ったほうがいい。心のどこかでそんな打算が働いている気がした。

私は深呼吸をして、覚悟を決めて、扉を開き、屋上に出た。

誰もいない。ほっとする。

屋上をぐるりと囲んでいる金網の前に立って景色を眺める。西の空に少し赤みを帯びた太陽が輝いている。グランドではたくさんの生徒が部活動をしている。陸上部が競争をしている。サッカー部がボールを追いかけている。

腕時計を見る。もうすぐ約束の4時30分だ。

屋上の入り口を見る。ちょうど扉が開いた。そして私の好きな男子が姿を現した。心臓がどきんと大きくなった。彼が近づいてくる。有馬雄一。それが彼の名前だ。クールそうな表情をした成績優秀な男の子だ。私が一目ぼれした男の子だ。その男の子が私に向かって歩いてくる。

三日前に有馬君に手紙を出した。その手紙には『10月26日の午後4時30分に屋上で待ってます。大事な話があるんです。来てくれると嬉しいです』と書いた。そして今日がその約束の日。約束どおり彼は来てくれた。大好きな彼が来てくれた。ただそれだけで嬉しかった。

彼が私の目の前で立ち止まる。

「君かな。僕に手紙をくれたのは?」有馬君が訊いてきた。

「はい。ごめんなさい。わざわざ屋上なんかに呼び出して」

「いや、かまわないよ。それで大事な話って何かな?」

「はい。えっと、実はですね。私、有馬君のことが好きなんです。もし、よかったら私と付き合っていただけないでしょうか?」

「本当に僕のこと好きなの?」

「はい」

「だったらそれを証明してほしい」

「証明ですか?」

「うん。もし、僕を好きならキスをしてほしい。僕の唇にキスをしてほしい」

「キスですか?」

「うん。僕のことが好きならそれくらいできるよね」

「・・・」

「できないの?」

「できます!」

「じゃあ、して」
有馬君は目を閉じた。キス待っている。

キス。唇と唇の接触。つまり、私の肉体の一部が彼の肉体の一部に触れるということだ。

私には変な体質があった。好きな男子に触れると鼻血が出てしまうという体質だった。過去に二度その体質のせいで黒歴史を作った。

一度目は小学生のころのフォークダンス。本番のときに彼と手をつないでまもなく鼻血が出た。練習のときには鼻血が出なかったのに本番では出てしまったのだ。私の体質は気まぐれなのだ。

二度目は好きな男子と指相撲をしているときだった。中学一年のときだった。なぜ指相撲することになったのかは忘れた。とにかく好きな男子と指相撲をしているときに鼻血が出た。

好きな男子の前で鼻血を出してしまうという黒歴史を二度も経験した私は自分は好きな男子に触れると鼻血が出る体質なんだと思った。もちろん、好きな男子に触れれば100%鼻血が出るというわけではない。好きな男子に触れても出ないときもある。でも、出る可能性がある。確実にある。それが私に恐怖心を抱かせた。

二度目の黒歴史を経験したあと私は好きな男子ができなくなっていた。私はトラウマのせいで男子の好きになれなくなったのかもしれないと思った。だが、その考えは間違っていた。有馬くんを一目ぼれしてその間違いに気づいた。

有馬くんを好きになったときに私は恐怖した。また黒歴史を作ってしまうかもしれない。そう思うと怖くてたまらなかった。その恐怖のせいか二度の黒歴史の夢を何度も見た。

ぜったい有馬くんに触れないようにしよう。そう強く思った。思ったのに私は手紙を出してしまった。どうしても自分の気持ちを抑えられなくなってしまったのだ。馬鹿な女だと思った。恋は人を馬鹿にするのかもしれない。

手紙を出したあと、そう思った。後悔しても仕方ない。もう手紙は出してしまったのだから。告白するだけなら肉体的接触はない。だから鼻血が出る確率はゼロだと思った。

だから大丈夫。有馬くんの前で鼻血を出すことはない。少なくとも告白のときは鼻血を出すことはない。そう思っていた。そう思っていたのにまさか告白のときに肉体的接触をしなければならない事態になるとは想定外だった。また黒歴史を作り出すかもしれない。そう思うと怖かった。

でも、キスをしなければ有馬くんを愛していないことになってしまう。それは嫌だった。きちんと自分の気持ちを伝えたかった。今まで一度も気持ちを伝えないまま失恋していた。黒歴史を作って失恋していた。

だから今度は、この恋愛だけは、有馬くんへの気持ちだけは、きちんと伝えたかった。だから私は勇気を振り絞って有馬くんにキスをした。その瞬間、鼻の奥に血の気配を感じた。血の気配が怒涛のごとく鼻の出口に向かって突き進んでくる。

血が鼻の穴から勢いよく飛び出す。シャワーのように血が私の鼻の穴から出続ける。
有馬くんの白いワイシャツを赤く染まる。

「きゃあああああああああ」

私は絶叫した。

そこで目が覚める。

「はあはあはあはあ」

心臓が尋常ではない鼓動を打っている。

夢・・・夢の内容を鮮明に覚えている。私の鼻血で赤く染まる有馬くんのワイシャツ。ぞっとする。

『予知夢』という言葉が浮かんだ。頭を振る。確かに私は有馬くんに一目ぼれした。けど、手紙を出すつもりはない。告白するつもりもない。

告白するつもりはない・・・そう考えると暗い気持ちになった。私はまた告白しないまま失恋するのだろうか?過去に好きになった男子はどちらも自分の気持ちを伝えないまま失恋した。今回も自分の気持ちを伝えないまま失恋してしまうのだろうか?そう思うと悲しい気持ちになった。せめて今回の恋愛は自分の気持ちをきちんと伝えてから失恋したいと思った。

でも、今の夢を思い出すとその思いが萎えてしまう。自分の気持ちを伝えたら夢と同じように大流血してしまうのではないか?新たな黒歴史を作ってしまうのではないか?大流血の黒歴史を作ってしまうではないか?そんなネガティブなことばかり考えてしまう。考えれば考えるほど気持ちが萎えていく。自分の気持ちなんて伝えられるはずがないという気持ちが強くなっていく。

「はあ~」ため息を出た。

私は好きな男性に自分の気持ちを伝えることができないまま死んでいくのだろうか?そう思うと泣きたい気持ちになった。

好きな男性に触れたら鼻血が出る体質が治ってくれていたらいいのにと思った。治っているかどうかは有馬くんに触れてみないとわからない。でも、治っているかを確かめるために有馬くんに触れるのは失礼だと思った。それに有馬くんを利用するようなマネはしたくない。

私はどうすればいいんだろう?暗い部屋の中、ベットに座ったまま私は悩み続けた。でも、良い考えなど何一つ浮かばなかった。絶望感だけが深まっただけだった。眠れないまま朝を迎える。学校を休みたかった。でもこの程度のことで休んでいたらどんどん休む日が増えてしまう気がした。休む日が増えて、やがて学校に行けなくなってしまう気がした。だから意思の力で学校に行く用意をし、朝食を食べ、学校に向かった。

先生が門番のように校門の前にいる。その先生に挨拶をする生徒たち。私も先生に挨拶をして校門をくぐった。玄関で靴を脱き、自分の靴箱の扉を開く。驚く。靴箱の中に封筒が入っていたからだ。昨夜の夢を思い出す。もしかしたらこれは有馬くんからの手紙ではないかと思った。私は封筒を鞄に入れ、トイレに小走りで向かった。個室に入り、鞄から封筒を取り出し、中を確認する。手紙が入っていた。手紙にはこう書かれていた。

『10月26日の4時30分に屋上で待ってます。大事な話があります。来てくれると嬉しいです』

私が夢の中で出した手紙の文章と同じだと思った。予知夢という言葉が現実味を帯びる。違う。これは予知夢じゃない。だってこれは私が書いた手紙ではないんだから。自分以外の誰かが書いた手紙なのだから。有馬くんの顔が浮かんだ。

ううん。有馬くんがこの手紙を書いたとは限らない。でも、私は有馬くんがこの手紙を出したように思えた。有馬君は私のことが好き。好きだからこの手紙を書いた。書いて私の靴箱に入れた。私に告白するために。私に好きと告白するために。そう思うと胸が熱くなった。同時に恐怖で背筋が冷たくなった。

あの夢が正夢になったらと思うと怖かった。あんな夢が正夢になったら確実に有馬くんに嫌われる。嫌われたくなかった。両思いかもしれない有馬くんにぜったい嫌われたくなかった。まだ有馬くんの手紙だとは限らないのに私の想像は現実味を帯びてしまっていた。

その日の夜、私は再び夢を見た。夢の中で有馬くんが告白してきた。もちろん、私はオーケーする。嬉しさのあまり有馬くんは私を抱きしめた。有馬くんに抱きしめられた私は鼻血を出す。鮮血に染まる有馬くん。そこで夢から覚める。
予知夢なのではないかという思いが強くなる。明日、同じ夢を見ないことを願った。でも、まったく同じ夢を見た。明日も同じ夢を見たら確実に予知夢になってしまう気がした。そのせいで眠れなかった。その次の日も眠れなかった。寝不足のまま約束の日を迎えた。

学校に行き、授業を受ける。約束の時間が刻一刻と迫ってくる。緊張感が強くなっていく。吐き気がした。

「友達に「顔色悪いよ」と言われた。その友達に付き添われて保健室に行く。保健室で休むことになった。ベットに横になった。緊張のせいで眠れそうになかった。眠れないまま3時になった。約束の時間まであと1時間30分。

そしてあっという間に約束の時間10分前になった。

私は屋上に向かう階段を上る。既視感を覚えながら。夢を思い出しながら。扉の前に辿りつく。この向こうに有馬くんがいるかもしれない。早く扉を開けて確認したい。同時にもし有馬くんだったら夢が現実になってしまうかもしれない。そう思うと扉を開けるのが怖かった。逃げ出したかった。でも、誰かが私が来るのを待っているのだ。逃げるわけにはいかない。

私は扉を開けた。屋上をぐるりと囲む金網。その前に一人の男子生徒が立っていた。有馬くんだった。

私は有馬くんに歩み寄る。心臓が壊れるんじゃないかってくらい高鳴っている。

「羽鳥さん。来てくれてありがとう」

「ううん」

「僕は一組の有馬雄一。よろしくね」

「うん」

緊張のせいで自己紹介ができない。自分の名前を噛まずに言う自信がない。言えば噛みそうな気がする。

「今日はどうしても羽鳥さんに伝えたいことがあって来てもらったんだ」

「うん」

「でも、その伝えたいことを言う前にひとつ羽鳥さんにお願いがあるんだ」

「・・・お願い?」

「うん。僕と握手してほしいんだ」

「握手?」

「うん。どうしても握手してほしいんだ。それから伝えたいことを言いたいんだ」

「どうして?」

「僕のことを知ってもらうためだよ。握手すれば僕のことを知ってもらえる。だから握手をしてもらいたいんだ」

「・・・」

「羽鳥さんにはどうしても本当の僕を知ってもらいたいんだ。本当の僕を知った上で僕の伝えたいことを聞いてもらいたいんだ。だからお願いします。僕と握手してください。お願いします」

有馬君が頭を下げて手を差し出してくる。この手を握れば私は鼻血を出してしまうかもしれない。そう思うと怖くて握れなかった。

有馬くんは真剣に握手を求めている。その真剣さが伝わってくる。それなのに私は握手をすることができない。そんな自分が情けなかった。そんな自分に有馬くんと付き合う資格はない気がした。涙が溢れてきた。

「・・・ごめんなさい」私は涙声で謝る。

有馬くんが私を見る。顔に驚きの色が広がる。

「私は有馬くんと握手できないの。本当の自分を知られるのが怖くて握手できないの」

「・・・」

「私ね、好きな男子に触れると鼻血が出る体質なの。過去に二度好きな男子の体に触れて鼻血を出してるの。きっと有馬くんに触れたら鼻血を出してしまうと思うの。そう思うと怖くて有馬くんと握手できないの。有馬くんは自分の本当の姿を私に見せるために握手を求めているのに私は私の本当の姿を見られるのが嫌で握手をするのができないの。そんな情けない女なの。私は。ごめんなさい。ごめんなさい」

「羽鳥さん。羽鳥さんは情けない女なんかじゃないよ。勇気ある女だよ。だって自分のコンプレックスを僕に話してくれたんだから。僕よりも勇気がある人だよ。僕より先に僕と同じコンプレックスを話すことができたんだから」

「同じ?」
有馬くんはうなずく。「僕も羽鳥さんと同じコンプレックスを持っているんだ。好きな女の子に触れると鼻血が出るってコンプレックスをね」

「うそ」

「本当だよ。だから握手を求めたんだ。僕のコンプレックスを知ってもらうために」

「・・・」

「僕は羽鳥さんには嘘をつかないよ。好きな女の子にはぜったい嘘をつかない。それからたとえ羽鳥さんが僕に触れて鼻血を出したとしても羽鳥さんを嫌いになったりもしない。ぜったいに嫌いになったりしない。だから安心して僕と握手をしてほしい」
私はおそるおそる有馬くんの手を握った。有馬くんは鼻血を出した。私も鼻血を出した。

私たちは同じ体質の持ち主だったのだ。

「ねっ、ホントだったでしょ」有馬くんはティッシュで鼻を押さえながら楽しそうに言った。

私はティッシュで鼻を押さえながらうなずく。
嬉しかった。自分が好きな男子が同じ体質だったことが。きっと彼なら私のことを誰よりも理解してくれると思った。そう思うと嬉しくて涙が出た。

劣等感,

Posted by ringo