【名言】『松下 幸之助』経営の神様が残した心に響く言葉たち

 

志を立てるのに、老いも若きもない。そして志あるところ、老いも若きも道は必ず開けるのである

 

学ぶ心さえあれば、万物すべてこれ我が師である

 

思ったことが全部実現できたら危ない。3回に1回くらいがちょうどいい

 

恵まれた生活も結構だし、恵まれない暮らしも結構、何事も結構という気持が大切だと思います

 

悩みはあって当たり前。それは生きている証であり、常に反省している証拠でもある

 

才能なきことを憂うる必要はないが、熱意なきことを恐れなくてはならない

 

時には常識や知識から開放され、思いつきというものを大切にしてみてはどうだろうか

熱心は、人間に与えられた大事な宝である。そして、この宝は、誰にでも与えられているのである

 

視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける

 

僅かな人間の知恵の幅である。賢さの中にも愚かさがあり、愚かさの中にも賢さが潜んでいる

 

自分の金、自分の仕事、自分の財産。自分のものと言えば自分のものだけれど、これもやっぱり世の中から授かったもの。世の中からの預かり物である

 

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、他の人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広いときもある。狭いときもある。のぼりもあれば、くだりもある。坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。なぐさめを求めたくなるときもあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

 

普通の努力では、チャンスをチャンスと見極められない。熱心の上に熱心であることが見極める眼を開く

 

無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ

 

百人までは命令で動くかもしれないが、千人になれば頼みます、一万人にもなれば、拝まなければ人は動かない

 

社会生活は日々これ戦い、日々これ苦難。その時に心が動揺するかしないかは、信念の有無で決まる

 

私のこれまでの人生というものは、様々なことを教えてくれた多くの人々の「一言」によって支えられ、成り立っていると言っても過言ではありません

 

私は、失敗するかもしれないけれども、やってみようというような事は決してしません。絶対に成功するのだということを、確信してやるのです。何が何でもやるのだ、という意気込みでやるのです

 

私は小さい頃貧しかったので、最初は腹一杯食べたい夢でした。丁稚奉公にいってからは、貯金して早く店を持ちたいと思いました。商売をはじめても、大きな会社など望みませんでした。一段上の夢を着実にこなしていっただけです

 

私は死の直前まで、運命に素直に従いたい

 

競争も必要、対立することもあっていい。だが敵をも愛する豊かな心を持ちたい

 

人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずることではない。けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、もしも今年が劣っているとしたら、それこそ恥ずべきことである

 

小利口に儲けることを考えたらあきません。世の中にぼろいことはないから、結局流した汗水の量に比例して、成功するわけですわ。汗もかかずして、成功するということもたまにはありますけど、それはきわめて僥倖な人で、普通はない

 

窮状に陥っても悲観しないことです。自分は(戦争で)財産が一瞬にして無くなったことがありました。しかも莫大な個人負債ができたんです。普通は首でも吊ってしまわなければならないほどの困難な状態ですわ。しかしこれでも死んでいる人よりましや、弾に当たって死んだ人もたくさんあることを思えばぼくは恵まれてる、こんなに恵まれている自分は幸せや、ありがたいことや、そう思ったら悲観することはない。それで歓喜をもってこの困難に取り組んでいこうと考えてやってきたと思うんですよ

 

いくら熱心でもムダなことやったらいけませんで。それがムダかどうかは、あなた自身で考えなさい。これは無駄なことかどうか、一つひとつ検討しなさい。必ずムダなことをやっているに違いない

 

「自分の行う販売がなければ、社会は運転しない」という自信をもつことであり「それだけの大きな責任を感ぜよ」ということがしっかりした商売ができるかどうかの基本になりますな

 

素直な心で見るということが極めて大事だ。そうすれば、事をやっていいか悪いかの判断というものは、おのずとついてくる

 

経営者にとって大事なことは、何と言っても人柄やな。結局これに尽きるといっても、構わんほどや。まず、温かい心というか、思いやりの心を持っておるかどうかということやね

自らも楽しみ人々にも喜びを与える。大切な人生をこうした心構えで送りたい

 

自分が利を得るために、不必要に自分の膝を屈することは決してすまい。なぜなら、そうして得られた応援や協力は、また目に見えないしがらみを生み、道を暗くするからである

 

山は西からも東からでも登れる。自分が方向を変えれば、新しい道はいくらでも開ける

 

どうしてみんなあんなに、他人と同じことをやりたがるのだろう。自分は自分である。何億の人間がいても自分は自分である。そこに自分の自信があり、誇りがある。そしてこんな人こそが、社会の繁栄のために本当に必要なのである

 

自分を褒めてあげたいという心境になる日を持ちたい

 

苦難が来ればそれもよし、順調ならばさらによし、という心づもりを常に持ち人一倍の働きを積み重ねてゆくことが大切だと思う

 

衆知を集めないというのは、言ってみれば、自分の財産は自分が持っている時だけしかないと思っている人と同じやね。少しひらけた人なら・・・全世界は自分のものだと思っている。しかし全部自分で持っているのはめんどうだから預けておこう、というようなもんやな

 

何事もゆき詰まれば、まず、自分のものの見方を変えることである。案外、人は無意識の中にも一つの見方に執して、他の見方のあることを忘れがちである

 

ぼくが奉公している時分に一人前になるためには、小便が赤くなるくらいにならないとあかんのやそういうことを二、三べん経てこないことには、一人前の商売人になれんぞということを、親方から聞いた。どういうことかというと、商売で、心配で心配でたまらん、もう明日にでも自殺しようかという所まで追い込まれたら、小便が赤くなるという。

 

商売であがった利益は、法律上は個人のものであるけれど、しかし実質的には社会の共有財産である。従ってその一部は自分の良識で使うことが許されるけれども、大部分は社会から預かった金である。財産があることは、それでさらに事業をしなければならん

 

企業は存在することが社会にとって有益なのかどうかを世間大衆から問われていますが、それに答えるものが経営理念です。つまり、経営者は他から問われると問われざるとにかかわらず、この会社は何のために存在しているのかそしてこの会社をどういう方向に進め、どのような姿にしていくのかという企業のあり方について、みずからに問い、みずから答えるものを持たなくてはならない。

 

私には3つの財産がある。それは学校へ行かなかったこと。健康に優れなかったこと。そして、決断に弱かったことだ。だから、人が教えてくれたり、助けてくれたりして成功した

この電球はどこで光っているか知っているか?子供たちが絵本を読んでいる。すると、外が暗くなる。家の中はもっと暗くなる。そうなれば、どんな物語も途中で閉じなあかん。

 

誠意や真心から出た言葉や行動は、それ自体が尊く、相手の心を打つものです

 

誰でもそうやけど、反省する人は、きっと成功するな。本当に正しく反省する。そうすると次に何をすべきか、何をしたらいかんかということがきちんとわかるからな。それで成長していくわけや、人間として

 

迷う、ということは、一種の欲望からきているように思う。ああもなりたい、こうもなりたい、こういうふうに出世したい、という欲望から迷いがでてくる。それを捨て去れば問題はなくなる

 

逆境もよし、順境もよし。要はその与えられた境遇を素直に生き抜くことである

 

青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみちて、日に新たな活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものである

 

人の言に耳を傾けない態度は、自ら求めて心を貧困にするようなものである

 

どんな賢人でも、その人ひとりの知恵には限りがあって、だから自分の知恵、才覚だけで事を運べば、考えがかたくなになる。視野が狭くなる

 

わからなければ、人に聞くことである

 

大事なことは、理屈のやりとりではない

 

昨日の考えは、今日は一新されていなければならないし今日のやり方は、明日にはもう一変していなければならない

 

今日の最善は、明日の最善ではない

 

一流の人材ばかり集めると会社はおかしくなる。世の中、賢い人が揃っておれば万事上手くいくというものではありません。賢い人は、一人か二人いればたくさんです

 

世間には、大志を抱きながら大志に溺れて、何一つできない人がいる。言うことは立派だが、実行が伴わない。世の失敗者には、とかくこういう人が多い

 

人より一時間余計に働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、いままでよりも一時間少なく働いて、いままで以上の成果を挙げることもまた尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではないだろうか

 

企業は人なり

 

感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく

 

失敗とは成功する前に止めること。成功するまで続ければ必ず成功する

 

失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければそれは成功になる

 

失敗の多くは、成功するまでに諦めてしまうところに、原因があるように思われる。最後の最後まで、あきらめてはいけないのである

 

石の上にも三年という。しかし、三年を一年で習得する努力を怠ってはならない

 

いかに優れた才能があっても、健康を損なってしまっては十分な仕事もできず、その才能もいかされないまま終わってしまいます。では健康であるために必要なことは何かというと栄養であるとか、休養とかいろいろあるが、特に大切なのは心の持ち方です。命をかけるというほどの熱意を持って仕事に打ち込んでいる人は少々忙しくても疲れもせず、病気もしないものです

 

天は二物を与えずと言うが、逆になるほど、天は二物を与えないが、しかし一物は与えてくれる」ということが言えると思う。その与えられた一つのものを、大事にして育て上げることである

 

全ての人を自分より偉いと思って仕事をすれば、必ず上手くいくし、とてつもなく大きな仕事ができるものだ

 

現在与えられた今の仕事に打ち込めないような心構えではどこの職場に変わっても決していい仕事はできない

 

たとえ平凡で小さなことでも、それを自分なりに深く噛みしめ味わえば大きな体験に匹敵します

 

とにかく、考えてみることである。工夫してみることである。

 

どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。今、現在に最善を尽くすことである

悪い時が過ぎれば、よい時は必ず来る。おしなべて、事を成す人は必ず時の来るのを待つ。あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ

 

人類の生命は無限。だからその未来は無限。だから、まだまだお互いに進歩しなければならないのである

 

冷静ほど、大事なことはないのである

 

失敗すればやり直せばいい。やり直してダメなら、もう一度工夫し、もう一度やり直せばいい

 

成すべきことを成す勇気と、人の声に私心なく耳を傾ける謙虚さがあれば、知恵はこんこんと湧き出てくるものです

 

一方はこれで十分だと考えるが、もう一方はまだ足りないかもしれないと考える。そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む

 

万策尽きたと思うな!自ら断崖絶壁の淵にたて。その時はじめて新たなる風は必ず吹く

 

世の為、人の為になり、ひいては自分の為になるということをやったら、必ず成就します

 

人には燃えることが重要だ。燃えるためには薪が必要である。薪は悩みである。悩みが人を成長させる

 

人の長所が多く目につく人は幸せである

 

人は、あるところでは卑劣に行動しながら、別のところで高徳に振る舞うことは、できないのである。その些細な心の緩みやごまかしが、全体を蝕んでいくのである。人は騙せても自分自身は騙せない

 

人は何度やりそこなっても、「もういっぺん」の勇気を失わなければ、かならずものになる

 

人がこの世に生きていく限り、やはり何かの理想を持ちたい。希望を持ちたい。それも出来るだけ大きく、出来るだけ高く

 

志低ければ、怠惰に流れる

 

人生には損得を超越した一面、自分がこれと決めたものには命を賭けてでも、それに邁進するという一面があってもよいのではないだろうか

 

人間というものは、気分が大事です。気分がくさっていると、立派な知恵才覚を持っている人でも、それを十分に生かせません。しかし気分が非常にいいと、今まで気づかなかったことも考えつき、だんだん活動が増してきます

 

何としても二階に上がりたい、どうしても二階に上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段を作りあげる。上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からは、ハシゴは生まれない

 

十のサービスを受けたら十一を返す。その余分の一のプラスがなければ、社会は繁栄していかない

 

商売とは、感動を与えることである

 

売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永久の客を作る

 

誠実に謙虚に、そして熱心にやることである

 

人間の知恵というものは、しぼればいくらでも出てくるものである。もうこれでおしまい。もうこれでお手上げなどというものはない

虫のいいことは、なるべく考えない方がいい

 

自分の仕事は、人の助けなくして、一日も進み得ないのである

 

アイデアを生むと言っても、口先だけでは生まれない。これもやはり熱心であること。寝てもさめても一事に没頭するほどの熱心さから、思いもかけぬ、よき知恵が授かる

 

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