【名言】『YOSHIKI』”X JAPAN”のリーダーであり、偉大な音楽家である男の言葉


YOSHIKI(本名:林 佳樹)
誕生日:1965年11月20日
身長175cm
愛称「よっちゃん」

日本の音楽家、ソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー

1989年にメジャー・デビューしたロックバンド、X JAPANのドラマー/ピアニストとしての活動が著名であり、バンドのリーダー、メインコンポーザーも務めている。

ソロとしての大きな仕事には『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』のための奉祝曲(1999年)、『日本国際博覧会(愛知万博)』の公式イメージ・ソング(2005年)、ゴールデングローブ賞の公式テーマ・ソング(2012年)などがある。

1986年に設立したインディーズのレコード会社「エクスタシーレコード」は、LUNA SEAやGLAY、ZI:KILLなどを輩出し、ヴィジュアル系ムーブメントのパイオニアの1つとなった。

2000年に「日本社会と文化に貢献した人物」として文部大臣表彰を受けた。

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YOSHIKIの名言集

「不可能なことはない」って自分に言い聞かせている。実際に、そう思うと(不可能なことは)ない。

 

僕にとって一番重要なものは音楽です。音楽が心臓であり、肉体でもあるのです。それ以外の物はそれらを覆う洋服のようなものです

自分の中では気が狂いそうになるくらいの葛藤を繰り広げてる。ただ、音を聴いてもらえればわかるんじゃないかとは思います

 

夢は必ず叶うと信じることが大切。どっかで自分を疑っていると叶わなくなってしまうから

 

十年間普通に生きるより一時間でいいから素敵な時を

 

誰に何と言われても妥協したくない

 

たかが努力じゃないですか。努力すればできるんですよ。じゃあ、努力すればいいじゃないですか

 

やっぱり人生っていうのは密度だと思う

 

1ヵ月かけて落ちるんだったら、1時間のうちにどん底に落ちる方がいい。そしたらその残りの29日と 23時間はまた上がってく事に使える

 

ガラスのようにパーンっと輝いて飛び散っちゃえたらいいと思う

やってやれないことはない やらずにできるわけがない

 

変えられないものに対して悩むのはやめよう。じゃあ、変えられるものを良い方向に変えて行こう

 

イマジネーションが全て。それは僕にとって,現実よりも大きいもの

 

「Vanishing Vision」を何万枚も売ってたんで、インディーズで。だからメジャーに行く意味っていうのは要するに、そういう商品の梱包作業とかが面倒くさかっただけだったかも(失笑)。宣伝費も何千万も使ってましたから

 

僕はいろんな意味で、音楽に救われてきた。医学的に科学的にいつ証明できるか分からないけど、音楽で処方せんが出せたらというのが夢ですね

 

失敗って、『自分が失敗した』と思った時点で、それが失敗なんですよ。細かいミスはあったとしても、自分が失敗だと思わなければ、まだ失敗してないじゃない。『ああ、失敗した』と思った時が、その人にとっての失敗なんだと思う

 

僕も父親を亡くして育ったけど、みんな同じようにチャンスがある。どこかに傷を負って生きていると思うけど、それは人生に刻まれた素敵な傷だと思って、マイナスに思わないでほしい。夢を叶えて

 

ホントに曲作りだけやってていい時間があるとすごく嬉しい。だっていっつも仕事の前って「寝なきゃいけない」っていうのが頭にあるからね、それで逆に寝られないんじゃないかと思う。撮影の前も「寝ないと顔がむくんじゃってヤだなぁ」と思うし。今は「関係ねーな」だけど(笑)

 

倒れてもただじゃ起き上がらない

 

自分が思ってできなかったことって今まで一つもない。今のところは。ただ、それをあてにはしてない。黙って実現してるわけじゃなくて、すごく努力してるから。何かを決めた時には、手段を選ばないというか、人を傷つけること以外だったら何でもする。それで、そうなる

時間をかけて真剣に考えていたら、再結成は実現しなかったと思う

 

Xの前に道はなく、Xの後にも道はない

 

とりあえずやってみなきゃわからない。最初に『失敗するから』って周囲から言われても、やっちゃいますね。『いや、失敗しないかもしれない』って

 

あんまりねえ、俺は最初から「ヘヴィ・メタル演りたい」とかそういうの目指してなかった。ただ、音楽を演りたいっていうだけなんですよ。「ポリシーは何なの?」って訊かれると、「ポリシーがないのがポリシーだ」ってずっと言ってた

 

セーブしてる自分が嫌なんですよね。そういうのがダメで

 

エンジニアとかが「あの音は聞こえないじゃん」っていう音がいっぱいあるんだけど、「いや、あれは聞こえなくていいんだ」と。ただ、あの音がどこかで鳴ってるから、この音がこういうふうに聴こえるんだっていうね。そういう音があるんですよ

 

僕は音に人生を賭けていますから。それが僕の本当に持たなきゃいけないプライド

 

ドラムを叩くための筋肉さえあればいいと思っているから、他は一切つけないようにしてる

 

お金を持っててなんで悪いの?って思うんだ。だって自分が稼いだお金じゃん。俺、一億円の宝くじが落ちてても絶対に拾わない。基本的に物欲のある人間じゃないんだ。でも、自分で努力をして一生懸命音楽をつくって、それで生まれたお金は自信を持って好きなように使っていくよ

 

(照明が暗い)ドラム叩くとき、見てないんだよ。感覚だけで叩いてるから、セッティングが1センチずれただけで叩けなくなっちゃう。だから俺、セッティングにはすごくうるさいよ。5ミリくらいまで注意するからね

 

日本ってバンドの立場が弱いじゃない?だからインディーズのバンドがメジャーにいったら、レコード会社や事務所のいいなりにならざるを得ないっていうパターンが多いよね。でも、俺たちは変わらない。変わらないで、俺たちがメジャーを変えてやる。シーンを変えてやる

どんなに苦心して作ろうがその楽曲が全て、アーティストっていうのは今現在が全て。これは自分の哲学なんだけど、今輝いてなければ、過去に何があろうとアーティストじゃないっていう

 

みんな、絶対「なぜピアノとドラムをやってるんですか?」って訊くんだもん。「両方打楽器です」「両方耐久性あります」「両方座ります」と答えるけど(笑)

 

僕が父親のレコードを何百枚も家の2階から庭に投げまくったんです。割れる爽快感が楽しくてね。その時も父は笑ってました。一言も怒られたことはなかったですね。その経験でものを壊すのを悪いと思わなくなったのかな(笑)

 

目茶苦茶やってる反面、毎週個人練習。個人練習が凄い好きで、ひたすら。例えばバンド練習が夕方6時から12時まであったら、12時から朝6時まで個人練習やってから帰るとか。(音楽的に)地道な努力はあったんですよね

 

(歌番組に)出て、「もしそれで駄目になっちゃうんだったら、駄目になる運命だったバンドだ」と思ったんで。だったら早く駄目になった方がいいじゃないですか、そんなの。長年かけて駄目になるよりも。早いうちからわかってた方がいいでしょ、白黒が

 

雑誌にもいろいろあるでしょ。メンバーのなんとかトークとか、誰それの部屋とか、興味がどーのこーのとか、そういう音楽以外の取材でも、別に面白ければかまわないです。そんなので壊れるイメージなんて必要ないからね

自分で言うのも変なんだけど、俺ってすごくアーティスティックな人間だと思うんだ。だから、出来上がった作品でも、出したくない作品は出さない。たとえそれに、どれだけのお金が掛かっていたとしてもね

 

自分が音楽を作ってる時は、自分にとっては自分が一番大切で、それ以外のものは、自分の生活を含めて全部“付加価値”なんですよね

 

Xの場合、生産能率悪いじゃないですか?なかなかバッターボックス立たない。でも打率はいいんですけど、バッターボックスに立ってもデッドボールとか(苦笑)

 

ドラムは奥の深い楽器だと思いますし、自分もまた一から練習したくなっちゃうくらい魅力のある楽器

 

五線紙に書いた時点から曲が頭の中で鳴ってるから、実際にレコーディングが始まるといつも落ち込むんですよ。“違う、違う”みたいに。たまには実際の音の方が良かったりする事もあるけど、ほとんどない。俺、音楽に関してはすごくシビアだし、結果(がすべて)だと思ってるから

 

波に乗るのは嫌いだから、波を作っちゃおう

 

ずっと待っててくれた人、とても感謝している。いろいろいわれてるみたいだけど、俺のこといろいろ聞くと思うんだけど、それでなんか思うんだったら、勝手にしてくれって感じ。俺は俺で、精一杯、生きてるんだから

 

僕が過去、オーケストラで(レコーディング後にコンピューターを使って)何も修正してないのは、『ETERNAL MELODY』だけですね。ロンドン・フィルの、あの演奏力はものすごく高い

PVも何パターンかあってもいいだろうとか。一つの音楽に対して一つのプロモーションビデオである必要があるのかぐらいまで考え始めちゃったんです。ずっと同じPVとかだと飽きちゃったりするじゃないですか。だからいろいろあっていいんじゃないかなって

 

ミラクルが起きる時っていうのは、必ず運命に導かれるというか、自分だけではコントロールできないものだから。だからこそ自分たちも新鮮だし、面白いんだけどね

 

昔ジェラシーを持って色んな目に遭ったとしても、皆「今は何とも思わない」ってなるから。だから俺は“時が経てば全ては美しい思い出に”と。でもそれが俺は悔しくて。だって“時の流れ”はそこまで変えてしまうわけでしょ?人の心を。だから“時を止めて”とか言ってるわけです

 

一応、目指していたのは音大のピアノ科。ドラムをやってるのがバレて、よくピアノの先生に叱られたよ。とにかく、あらゆるものが禁止だったの。ドラムも、ケンカも。何よりも指は大切にしなきゃいけなくて、転んでも手をつかずに顎をつきなさいっていう世界だった

俺という存在自体が矛盾だらけなんです

 

今日を中途半端に生きて明日頑張ろうっていう人は、絶対明日頑張れないですよ。今日を思いっ切り生きれば、明日はもっといっぱい生きられるかもしれないっていう、そういう発想ですよね。俺はね

 

YOSHIKIっていう人の世界は、ドロドロしてるから、カラッとしたようなのを書く時には白鳥瞳になって書くという感じで、ふたつの名前とイメージを分けて考えている

 

5万1%の自信と、4万9千9百99%の不安をいつも抱えてる。そのね、2%の差がデカいんですよね

 

俺ってよく「青い薔薇」って言う言葉を詞に使っているでしょ。青い薔薇って死の薔薇って言われているんですよ。「Tears」も「Rusty Nail」も死んだ人の事を歌った曲なんだけど、青い薔薇って絶対にこの世に存在しない、造れない花なんだ

 

言葉で言わなくても、メロディーで語れる

 

一度自分が決めたからって、途中気が変わってやりたくないのにやっててもしょうがない。ただ、真剣な気持ちで続けていれば、きっと『成功した』と思える日が来ると思う

どんな美しいメロディーでも、毒が無きゃ人の心に触りはしない

 

『ART OF LIFE』にはサビが3回出てくるでしょ。でも、その3回ともテンポが違うの。微妙に遅くなってるの、全部

 

僕はすごく行動派なんですけれど、そのきっかけは誰かに(背中を)押されてる。やはり自分だけでは何もできなかったでしょうね

 

☆YOSHIKIの運命を変えた曲『Anniversary

 

 

平成天皇の即位10周年を記念する曲として作られた曲『Anniversary』

 

1998年。YOSHIKIは絶望のどん底にいた。最愛の人(hide)を失ったからです。ロサンゼルスの自宅に引きこもり、食事もろくに摂らない。そんな辛い日々が続いたそうです。体脂肪は6%を割り、不眠症やパニック症状を引き起こし、睡眠導入剤を処方してもらっていたクリニックから入院まで勧められたそうです。そんな状態になるほどにhideはYOSHIKIにとって大切な人だったのです。

 

「もう、表舞台に出るのはよそう」

 

YOSHIKIはそう思ったそうです。

 

そんな過酷な日々を送っていたYOSHIKIにひとつの依頼が舞い込んできました。その依頼が奉祝曲の作曲と演奏でした。

 

この依頼の話を聞いたとき、YOSHIKIは「自分にこんな大役が務まるのか…」と悩んだといいます。しかし、母に悩みを打ち明けると「やるべきだ」と言われ、引き受けることにしたそうです。

 

そしてYOSHIKIは自分自身の力で作り上げた奉祝曲をたくさんの人々の前で演奏しました。その結果、1万5千人が万雷の拍手を送りました。天皇皇后両陛下も笑顔で拍手を送りました。その光景を見てYOSHIKIは「僕は世の中に必要とされているんだな」と素直に思えたそうです。

 

もし、奉祝曲の依頼がなかったら世界的に活躍する今のYOSHIKIは存在しなかったかもしれません。

 

そう考えると奉祝曲はYOSHIKIの運命を大きく変えたと言っても過言ではない気がします。

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