【名言】『瀬戸内寂聴』慈愛に満ちた人の言葉 優しさと厳しさを併せ持った言葉

 

人は、人を愛していると思い込み、実は自分自身だけしか愛していない場合が多い

 

自分を愛してもらいたいから、相手を愛する、それが渇愛です。自分を忘れて他人に尽くす仏さまの慈悲とは正反対ということです。慈悲はお返しを求めません

 

あなたは苦しんだ分だけ、愛の深い人に育っているのですよ

 

私たちの生きているこの世で起きることにはすべて原因がある、これが「因」です。起こった結果が「果」です。因果応報というように、必ず結果は来るのです

 

死というものは、必ず、いつか、みんなにやって来るもの。でも、今をどのように生きて行くか、何をしたいか、生きることに本当に真剣になれば、死ぬことなんて怖くなくなるもんです

 

人間は生まれる場所や立場は違っても、一様に土にかえるか海に消えます。なんと平等なことでしょう

 

人間は善悪両方を持っています。それを、自分の勉強や修行によって、善悪の判断をし、悪の誘惑に負けずに善行を積んでいくことが人間の道なのです

 

生かされているのですから素直に有り難いと思いましょう。生きている値打があるから生かされているのですもの

 

人は、不幸のときは一を十にも思い、幸福のときは当たり前のようにそれに馴れて、十を一のように思います

 

人間はいつも無いものねだりなのです。そして心はいつも満たされない思いで、ぎしぎし音を立てています。欲望はほどほどに抑えましょう

 

とにかく人のことが気になって気になってしょうがない、これが物事にとらわれている心です。そういう心を無くさない限り、心は安らかになりません

 

自由に生きるとは、心のこだわりをなくすことです。自分の心を見つめて、ひとつでもふたつでも、そこに凝り固まっているこだわりをほぐしていくことが大切です

 

心のこだわりをなくそうとするなら、まず人に施すことから始めてください。施すのが惜しい時はなぜ惜しいかを徹底的に考えてみることです

 

美しいもの、けなげなもの、可愛いもの、または真に強い勇ましいものに感動して、思わず感情がこみあげて、涙があふれるというのは若さの証しです。ものに感動しないのが年をとったということでしょう

 

木々の緑や紅葉や美しい花が地球から消え去ったら、人間の暮らしは殺風景になり、感動することがなくなってしまうでしょう

 

人間は生まれた時から一人で生まれ、死ぬ時も一人で死んでゆきます。孤独は人間の本性なのです。だからこそ、人は他の人を求め、愛し、肌であたため合いたいのです

 

この世は変化するものだと思っていれば、どんな事態に直面しても度胸が据わります。孤独の問題も同じです。お釈迦様は人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいくとおっしゃいました。最初から人間は孤独だと思っていれば、たとえひとちぼっちになったとしても、うろたえることはありません

 

結局、人は孤独。好きな人と同じベッドで寝ていても、同じ夢を見ることはできないんですもの

 

自分が孤独だと感じたことのない人は、人を愛せない

 

私は多く傷つき、多く苦しんだ人が好きです。挫折感の深い人は、その分、愛の深い人になります

 

心を込めて看病してきた人を亡くし、もっと何かしてあげればよかったと悲しみ悔んでも、亡くなった方は喜びません。メソメソしているあなたを見てハラハラしていることでしょう。早く元気を取り戻してください

 

人間に与えられた恩寵に「忘却」がある。これは同時に劫罰でもあるのですが。たとえ恋人が死んでも、七回忌を迎える頃には笑っているはず。忘れなければ生きていけない

 

別れの辛さに馴れることは決してありません。幾度繰り返しても、別れは辛く苦しいものです。それでも、私たちは死ぬまで人を愛さずにはいられません。それが人間なのです

 

病気は神さまの与えてくださった休暇だと思って、ありがたく休養するのが一番いい

 

私は物心ついた時から職人の娘でした。盆暮れしか休みが無いのが当然でしたから、人間は働くものだと思って育ちました。これは無言のしつけだったのでしょう

 

本当に苦しんでいる子どもに、いろんな理屈を言っても駄目。まずは、子どもを抱きしめてやることが大切なんです

 

学校の成績なんて気にすることはありません。何か好きなことが一つあって、それを一生懸命できるということが人生の一番の喜びなんです

 

お子さんに「何のために生きるの?」と聞かれたら、「誰かを幸せにするために生きるのよ」と答えてあげてください

 

あらゆる戦争は悪だと思っています。戦争にいい戦争なんてありません。私たち老人は、そのことを語り継がなければなりません

 

戦争はすべて悪だと、たとえ殺されても言い続けます

 

私は自分の手で探り当て、自分の頭で考えて、納得したことでないと信じない

 

年を取るということは、人の言うことを聞かないでいいということだと思います。あとちょっとしか生きないんだからと好きなことをしたらいいんです。周りを気にして人生を狭く生きることはありません

 

いろんな経験をしてきたからこそ、あなたの今があるのです。すべてに感謝しましょう

 

人間は、元々そんなに賢くありません。勉強して修行して、やっとまともになるのです

 

世の中は大きな編み物である。編み物の目が次から次へとつながっているから、あたたかいマフラーになったりする。あなたは、その編み物の一目である。虫に食われたりしたら、上下左右たくさんの編み目に迷惑をかけてしまう。あなたは小さくても大切な一目なのだから

 

人間として生まれると、他の動物にはない誇りが心に生じるのだと思います。学校の成績より、他者の苦しみを思いやれる想像力のある人間こそ素晴らしいのです

 

みんなのために良かれと思ってやっていることを、冷たい目で見る人たちがいます。そういう人は、”縁なき衆生(しゅじょう)”と思って放っておきましょう。あなたはあなたで正しいことを、自信を持ってすればいいのです

 

あなたはたった一つの尊い命をもってこの世に生まれた、大切な存在です

 

妻は、やさしくされることを望んでいるだけではない。やさしい心で理解されることを望んでいる

 

愛する者の死と真向きになったとき、人は初めてその人への愛の深さに気づきます。「私の命と取り替えてください」と祈る時の、その純粋な愛の高まりこそ、この世で最も尊いものでしょう

 

夜の熟睡を死んだように眠るとたとえるのは、適切な表現かもしれません。人は夜、眠りの中に死んで、朝目を覚ます時は死から甦るのだと考えられるからです。「日々これ新たなり」ですね

 

人生とは、出会いと縁と別れです。出会ってから別れるまでの間に、嬉しいことや悲しいことがあって、それを無事に越えていくことが生きるということなんです

 

私は、全ての苦労を喜びに変えてからこなします。それが一番の健康法と美容法です。ストレスがたまらなくなりますよ

 

最近、自分の酒を飲む仕草が父に似ているとふと気づきました。あの世へいったら、どの縁のあった男よりも一番早く父に逢い、ゆっくり二人で酒を酌み交わしたいと思います

 

みんなのために良かれと思ってやっていることを、冷たい目で見る人たちがいます。そういう人は、”縁なき衆生(しゅじょう)”と思って放っておきましょう。あなたはあなたで正しいことを、自信を持ってすればいいのです

 

与えられた限りある時間に、思い残すことなく人をたっぷり愛しておかなければとしみじみ思います

 

とにかく人のことが気になって気になってしょうがない、これが物事にとらわれている心です。そういう心を無くさない限り、心は安らかになりません

 

同床異夢とは、同じ布団で寝ていても同じ夢は見られないことです。愛の情熱は三年位しか続きません。夫婦は苦楽を共にして愛情を持ち続けるのです

 

自分の愛情をどんどん相手にプレゼントすれば、増えたの減ったので悩むことはありません。

 

大きな椿の花を咲かせるには、どうすると思いますか?まだ、つぼみが小さいうちに、ひとつだけを残してみな摘んでしまうのです。そうすれば、大輪の花を咲かせることができるのです

 

世の中は常に変化し、人生には予期せぬことが起こり、そして、人間は必ず死ぬ。こう覚悟しておけば、度胸が据わります。大変な災害に遭おうと、会社をリストラされようと、「ああ、これこそ世の習い」と感じることができれば、慌てふためくことはありません

 

私は、いい母になる才能、いい妻である才能、そうした才能をひとつひとつ摘み取ってきました。そして、小説を書く才能だけを残したのだから、これだけたくさんの才能を犠牲にしたのだから、せめて小説を書く才能だけはちゃんとしてくださいとお釈迦様にお願いしています

 

お釈迦様は「この世は苦だ」とおっしゃいました。お釈迦様は国が戦争するのも、自分の国が滅ぼされるのも見ました。人間の嫌なところを見て、自分が可愛がっていた弟子がどんどん死んで孤独を味わいました。それでも、最後の遊行の旅に出られたとき「この世は美しい。人の命は甘美なるものだ」とおっしゃいました。この世に対する全肯定、人に対する全肯定です。お釈迦様がこうおっしゃったのだから、この世は美しく、人の命は甘美なのだと私は信じます。私たちはもっともっと楽観的に生きていい。私はそう思っています

 

60歳ぐらいのころ、ちょっと心臓の存在を感じるようになって、東京で3本指に入るという心臓のお医者さんに診てもらったことがあります。お医者さんが、「講演旅行などとんでもない。年寄りらしく庭で草むしりでもしてなさい」とおっしゃるので、「どうせ心臓が悪くて死ぬのなら、もっと仕事をしてやれ」と思って、仕事を倍に増やしたことがありました。そうしたら、私は死ななかったのに、そのお医者さんが亡くなってしまいました

 

人間はみんな死にます。川端康成さんも、三島由紀夫さんも、遠藤周作さんも、つい最近は北杜夫さんも、みんな死んでしまった。私のように90まで生きてごらんなさい。親しい人間は全部死んだということが、よくわかります。だからもう、私は死ぬことも怖くないし、病気も気にしません

 

小説を書くことは私にとって快楽なのです。この快楽を手放したくないという欲望が、私にはあります。煩悩は捨てなくてはなりませんが、私はいい小説を書きたいという煩悩だけは、いまも捨て去ることができません。死ぬまで煩悩を抱えて生きるのが、人間というものです。煩悩を完全になくせばブッダ(悟った人)ですが、世の中はブッダばかりになってしまったら、ちょっと困るでしょう。だから私は、そんなに立派なお坊さんではないのです

 

持って生まれた才能だけでは、もはや文学の理想を究めることはできません。バックボーンというのでしょうか、確固たる信念と哲学がなければ、本当に書きたいものは書けない。何か、人間よりも大きな存在に助けてもらいたいという気持ちが非常に強くなったのです

 

そういう時(落ち込み時)は楽しいことを一生懸命考える努力をした方がいい。嫌なことが多い世の中に負けてはダメ

 

独りでいる覚悟を決めている人は、誰かに期待しない分、寂しくないわよ

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どんな悲しみや苦しみも必ず歳月が癒してくれます。そのことを京都では『日にち薬』と呼びます。時間こそが心の傷の妙薬なのです

 

お返しを期待しない、感謝の言葉も求めない。それが本当の奉仕です

 

人とつきあうのに秘訣があるとすれば、それはまずこちらが相手を好きになってしまうことではないでしょうか

 

一日に一回は鏡を見る方がいいです。できればにっこりと笑ってみて下さい。心にわだかまりがない時は、表情がいきいきしているはずですよ

 

相手の立場を想像する力、相手の欲することを与えることが「愛」です。相手が何を欲しているかを考えて下さい。相手の身になってしたいことをしてあげればいいのです

 

「念ずれば花開く」という言葉があります。私は何かをするとき、必ずこれは成功するという、いいイメージを思い描くようにしています

 

人生にはいろいろなことがあります。しかし、悲しいことは忘れ、辛いことはじっと耐え忍んでいきましょう。それがこの四苦八苦の世を生きる唯一の方法ではないかと思います

 

もし、人より素晴らしい世界を見よう、そこにある宝にめぐり逢おうとするなら、どうしたって危険な道、恐い道を歩かねばなりません。そういう道を求めて歩くのが、才能に賭ける人の心構えなのです

 

人は所詮、一人で生まれ、一人で死んでいく孤独な存在です。だからこそ、自分がまず自分をいたわり、愛し、かわいがってやらなければ、自分自身が反抗します

 

大抵の人間は自分本位です。特に女性は、自分中心に地球が廻っていると思っていて、思い通りにならない現実に腹を立てて愚痴ばかり言うのです。思い当たることはありませんか

 

人間は万能の神でも仏でもないのですから、人を完全に理解することもできないし、良かれと思ったことで人を傷つけることもあります。そういう繰り返しの中で、人は何かに許されて生きているのです

 

心の風通しを良くしておきましょう。誰にも悩みを聞いてもらえずうつむいていると病気になります。信頼できる人に相談して、心をすっとさせましょう

 

妻は、やさしくされることを望んでいるだけではない。やさしい心で理解されることを望んでいる

 

人に憎しみを持たないようにすると、必ず綺麗になりますよ。やさしい心と奉仕の精神が美しさと若さを保つ何よりの化粧品なのです

 

心を込めて看病してきた人を亡くし、もっと何かしてあげればよかったと悲しみ悔んでも、亡くなった方は喜びません。メソメソしているあなたを見てハラハラしていることでしょう。早く元気を取り戻して下さい

 

健康の秘訣は、言いたいことがあったら口に出して言うことです。そうすると心のわだかまりがなくなります

 

愛に見返りはないんです。初めからないと思ってかからないと駄目です。本当の愛に打算はありません。困ったときに損得を忘れ、助け合えるのが愛なのです

 

世間的に申し分のない夫や妻であっても、相手が欲していなければ、それは悪夫、悪妻です。そんな時はさっさと別れて、自分の良さを認めてくれる相手を探すことです

 

子どもと目線を同じにして対等に話をして下さい。大人は皆、上から物を言い過ぎます。そして、世の中は生きる価値があると感じてもらえるように、大人が努力しましょう

 

悩みから救われるにはどうしたらいいでしょうという質問をよく受けます。救われる、救われないは、自分の心の問題です。とらわれない心になれば救われます

 

一日一日を大切に過ごしてください。そして、「今日はいい事がある。いい事がやってくる」「今日はやりたい事が最後までできるんだ」この事を思って生活してみてください

 

いくつになってもおしゃれ心を失わないこと、好奇心を失わないこと、若い人と付き合うこと。これが、若さを保つ秘訣です

 

人生はいいことも悪いことも連れ立ってやってきます。不幸が続けば不安になり、気が弱くなるのです。でも、そこで運命に負けず勇気を出して、不運や不幸に立ち向かってほしいのです

 

生きるということは、死ぬ日まで自分の可能性をあきらめず、与えられた才能や日々の仕事に努力しつづけることです

 

無為にだらしない生き方をするより真剣に生きるほうが、たとえ短命でも値打ちがあります

 

たくさん経験をしてたくさん苦しんだほうが、死ぬときに、ああよく生きたと思えるでしょう。逃げていたんじゃあ、貧相な人生しか送れませんわね

 

男女の間では、憎しみは愛の裏返しです。嫉妬もまた愛のバロメーターです

 

人の話を聞く耳を持つことは大事です。もし身の上相談を受けたら、一生懸命聞いてあげればいいのです。答えはいりません。ただ聞いてあげればいいのです

 

相手が今何を求めているか、何に苦しんでいるかを想像することが思いやりです。その思いやりが愛なのです

 

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