【名言】『サルトル』「実存は本質に先立つ」と主張した男の言葉


ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル
誕生日:1905年6月21日
死去日:1980年4月15日
フランスの哲学者、小説家、劇作家。

内縁の妻はシモーヌ・ド・ボーヴォワール。

右目に強度の斜視があり、1973年にはそれまで読み書きに使っていた左目を失明した。自分の意志でノーベル賞を拒否した最初の人物である。

サルトルの思想は実存主義によるもので、今まさに生きている自分自身の存在である実存を中心とするものである。特にサルトルの実存主義は無神論的実存主義と呼ばれ、自身の講演において、「実存は本質に先立つ」と主張し、「人間は自由という刑に処せられている」と言い切っている。

サルトルの名言集

人間は自由であり、つねに自分自身の選択によって行動すべきものである

 

人は各々の道を創り出さなくてはいけない

 

もっといい時代はあるかもしれないが、これは我々の時代なのだ。我々はこの革命のただなかに、この生を生きるよりほかはないのである

 

人間は現在もっているものの総和ではなく、彼がまだもっていないもの、これからもちうるものの合計である

 

地獄とは他人のことだ

 

金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ

 

まず第一に理解しなければならないことは、自分が理解していないということである

 

すべての答えは出ている。どう生きるかということを除いて

 

批評家とは、他人の思想について思考する人間である

 

嘘とは、私がつくったものではなく、階級に分かれた社会に生まれたものである。だから、私は生まれながら嘘を相続している

 

自由とは、自由であるべく不自由になることである

 

人間は、自らの行動の中で、自らを定義する

 

チェ・ゲバラは20世紀で最も完璧な人間だ

 

人間は、時には自由であったり時には奴隷であったりすることはできないであろう。人間は常に全面的に自由であるか、あるいは常に全面的に自由でないか、そのいずれかである

 

人間の運命は人間の手中にある

 

我々の自由とは、今日、自由になるために戦う自由な選択以外のなにものでもない

 

現代の資本主義社会には生活はない。あるものはただ宿命だけだ

 

過ぎ去る時間とは失われた時間であり、怠惰と無気力の時間であり、いくたびも誓いを立てても守らない時間であり、しばしば引越しをし、絶えず金の工面に奔走する時間である

 

インテリというのは真の革命家ではない。暗殺者になるくらいが関の山だ

 

いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない

 

一人ひとりの人間が究極の絶対的な自由を持っている

 

生きることと書くことを、作家は一つにすべきだ

 

すべての物は必要のないものである。この庭も、この都会も、そして私自身も。突然それに気づいたときムカムカし、すべてが漂いはじめる…それが嘔吐である

 

3時という時刻は、いつも、何かをするには、遅すぎる時刻であり何かをするには、早すぎる時刻である

 

我々は、愛する人々を裁きはしない

 

あなたは、あなたの一生以外の何ものでもない

 

私は暴力に対して一つの武器しか持っていなかった。それは暴力だ

 

自分がすることを、全員がしたらと、問え

 

自由であること、それは望み通りのことが出来ることではない。出来ることをやりたいと望むことである

 

実存が本質に先立つとは、この場合、何を意味するのか。それは、人間はまずさきに実存し、世界内で出会われ、世界・内・存在に不意に姿をあらわし、そのあとで定義されるものだということを意味する

 

実存するとは脱自的、超越的なありかたで、自己がいまだあらぬところであるように、また自己が現にあるところのものであらぬように、自己を成らせていくことである

 

実存は本質に先立つ

 

授業中、一生懸命聞いているように見える学生は、必ずしも内容を理解していない。なぜならば、彼らのエネルギーは「聞いている」というポーズをつくることに集中されてしまうからである

 

人は自身を選び抜いて、人類に辿り着く

 

人は自分があろうとする姿以外にはありえない。このことが実存主義の第一原則である

 

人間が死ぬのは、いつも早すぎるか、遅すぎるかのどちらかである

 

人間は自由の刑に処せられている

 

人間は状況によってつくられる

 

成功とは、品性と知性の証拠であり、また、神聖な保護を受けた証拠である

 

日記は自分の内部に起こりつつある事を、はっきり当人に知らせてくれる

 

悲しむことはない。いまの状態で何ができるかを考えて、ベストを尽くすことだ

 

不幸にして私は、自分の顔を見たことがない。私はそれを気安げに、私の前にぶら下げているのである。私が私の顔を知るのは、むしろ反対に他人の顔によってである

 

夢は、閉ざされた想像界の完璧な実現である

 

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